イネの登熟に対するソース機能の強化に向けた茎葉部におけるデンプン代謝制御機構の解明
世界の人口増加と新興国の経済発展に伴ってイネの需要は増加しており,安定的に食料を確保するためにイネの収量を向上させることが求められています.イネの収量を増加させるためには,収量が高い品種を開発することと,その品種を効果的に栽培するための技術を確立する必要があります.そのうち品種開発に関しては,近年,一穂に着くイネの花の数が多くなり,その結果一穂に実るコメ粒の数が飛躍的に増加した品種が開発されたり,穂のサイズを大きくすることに関わる遺伝子が解明されたりしています.それらの研究は非常に重要なのですが,一方で,一穂に着くイネの花が増えると,多くの花をコメとして実らせるためにたくさんの炭水化物(光合成による同化産物)が必要となります.炭水化物が不足してしまうと,たくさんのコメ粒を実らせる能力がある品種であってもその能力を活かせず,収量の増加にはつながりません.
穂のサイズが異なる様々なイネ品種
(左から3番目がコシヒカリ)
そこで私たちの研究室では,コメが実る(登熟する)ために必要な炭水化物を供給する能力を高めることを目指して研究を行っています.コメが登熟するための炭水化物はもちろん光合成によって生産(出穂後炭水化物)されますが,イネには,出穂前までに葉鞘や稈といった茎葉部にデンプンを蓄積(出穂前蓄積炭水化物)して,将来の登熟に備えるという仕組みが発達しています.つまり,イネは出穂後にこのデンプンを分解して,ショ糖に変換し,それを穂に運び込むことで,登熟に必要な炭水化物の30%ほどを賄っています.よって,茎葉部に蓄積した出穂前蓄積炭水化物であるデンプンを出穂後に効率よく分解させることができれば,コメの登熟に有利になると考えられます.
イネの茎葉部におけるデンプン分解の仕組みはほとんど解明されていないため,私たちはデンプン分解に関与すると考えられるα-アミラーゼやβ-アミラーゼといった酵素に注目して,その遺伝子情報をイネゲノムデータベースで解析しました.そのうち,実際にイネの茎葉部で発現している遺伝子を特定し,さらにイネゲノム上にある9つのβ-アミラーゼと予想される遺伝子のうち,少なくともOsBAM2とOsBAM3の2つが,葉においてデンプンが貯まる葉緑体内で機能するタンパク質をコードしていることを解明しました.また,その2つの遺伝子から合成されるタンパク質は実際にβ-アミラーゼ活性を有していることも明らかにしています.現在は,それら2つの遺伝子に加えて他の酵素遺伝子の発現抑制系統などを遺伝子組換え技術により作出して,その表現型を解析し,収量との関連を明らかにしようとしています.