
農学研究科 2 年の西本滉さんと生物資源学科・昆虫学研究室の武藤将道助教による、ナベブタムシの卵構造を記載した研究成果が、日本節足動物発生学会の学会誌 Proceedings of the Arthropodan Embryological Society of Japan に掲載されました。
Nishimoto K, Mtow S (2026) Eggs of Aphelocheirus vittatus Matsumura, 1905 (Hemiptera, Heteroptera, Nepomorpha, Aphelocheiridae). Proceedings of the Arthropodan Embryological Society of Japan, 57: 7-10. 本文はこちら(オープンアクセスです)
ナベブタムシ科は一生涯を水中で過ごす水生カメムシの仲間であり、分類学的には「カメムシ目・異翅亜目・タイコウチ下目」に位置づけられる昆虫で、アメリカ大陸と南極大陸を除く世界から約100種が知られています。日本には 3 種のナベブタムシ科が知られており、ナベブタムシ Aphelocheirus vittatus は河川中上流域に広く分布し、特に砂地の川底をもつ河川にはよくみられます。
ナベブタムシ科が所属するタイコウチ下目は、タガメやマツモムシといったいわゆる「水生カメムシ」13 科から構成されるグループですが、その科間の系統関係についてはコンセンサスが得られておらず、特にナベブタムシ科の系統学的位置付けについては議論が絶えません。
著者らはタイコウチ下目、ひいては異翅亜目全体の系統学的議論を進展させるべく、ナベブタムシ科を含むタイコウチ下目の比較発生学的研究に取り組んでおります。本論文では、その第一弾として、これまでに知見が断片的であったナベブタムシ科の卵構造を詳細に記載するとともに、卵門(精子の進入孔)の数や配置、卵門突起の有無に着目し、本科との類縁が示唆されるいくつかの科との間で特徴を比較しました。
ナベブタムシ科およびタイコウチ下目の卵構造に関するさらなる理解の深化および、系統学的議論の進展のため、今後は卵の微細構造に関するより詳細な研究に取り組んでいきたいと考えています。
武藤助教のコメント
本論文は、武藤が昆虫学研究室に着任してから最初に出版された比較発生学論文であり、かつ正式に出版された最初の指導学生の論文であり、非常に感慨深いものがあります。比較発生学研究は、テクニックの煩雑さや要求される知識量の多さ、そして一般的な生物学の方法論とは異なる視点・哲学を構築する必要があることから、研究を遂行するうえでいくつものハードルが存在します。そのような中、西本さんは、かねてから強い興味関心を抱いていた水生カメムシの比較発生学研究に取り組む決断をしてくださりました。研究開始以前よりカメムシ類、特に水生カメムシ類に対する深い造詣を有しており、それは既に武藤の知識をはるかに凌駕していました。なので、サンプリングや飼育については全面的に彼に任せ、その結果、順調に採卵ができました。その後の試料作製や観察についても黙々と取り組み、膨大なデータが蓄積されていきました。とはいえ、すべてが順調にはいかず、特にナベブタムシの卵は乾燥によるアーティファクトが無視できない割合で生じてしまい、論文掲載に耐える像を得るのに非常に苦労しました。この点は、ナノスーツ法を導入することにより何とか克服できました。論文の執筆についても、繰り返しの修正作業にも真摯に向き合い、修士在学中の論文出版という素晴らしい成果をあげました。
論文中でも触れたように、ナベブタムシ科の卵構造の理解をさらに深めるべく、透過型電子顕微鏡観察用の試料作製も進めているほか、本科やクビナガカメムシ下目(これも異翅亜目の系統を考える上で重要な分類群)といった胚発生過程の知見がないグループのデータも着々とそろってきており、第二段、第三弾の論文も、そう遠くないうちに出せるのではと期待しています。研究に黙々と没頭する西本さんの姿勢は、研究室の同期や後輩にとって良い刺激となっており、研究室を運営する立場としてもとても助かっております。これから修士論文への追い込みもあるところですが、修論を投稿論文にする勢いで、さらに研究にまい進していただけることを願っております。
写真の説明
ナベブタムシは円盤状の昆虫で、体長は約 1 cm 程度です。成虫の翅は発達しません(時折長翅型が出ます)。ナベブタムシは一生涯を水中で過ごすことができます。その理由は、体表に無数の細毛が生えており、それによって体表に薄い空気の層が作られ、水底にいながらガス交換が可能となるからです。このような構造は「プラストロン」と呼ばれます。後肢が長いナベブタムシは、ゲンゴロウのように後肢をオールのようにして泳ぎます。そのさまはかわいらしいのですが、油断して手に持ってはいけません。カメムシの仲間なので、鋭い針状の口吻を持っており、刺されるとものすごく痛むそうです(研究室の学生から経験談を聞きました)。