研究概要
微生物による化学物質の代謝毒性化と環境ホルモン
大量人工化合物の農耕地での環境動態の解明と分子レベルでのメカニズム解析-界面活性剤の微生物分解と内分泌かく乱化学物質生成
現在,世界人口の増加や都市開発により1人当たりの収穫面積が減少しつつあります.そこで単位面積当たりの収穫量を増加させるために農薬は必要不可欠な農業資材です.非イオン系界面活性剤は動物や人に対する毒性が低く,比較的安価に生産できるなどの理由から農薬の乳化,可溶化,展着,水和および分散剤などの補助剤として使用されています.また,家庭用や工業用の合成洗剤,繊維やゴム、塗料等の工場での洗浄剤にも使われています.この非イオン系界面活性剤の一種にアルキルフェノールポリエトキシレート(APEOn)があります.代表的なAPEOnとしてノニルフェノールポリエトキシレート(NPEOn)およびオクチルフェノールポリエトキシレート(OPEOn)が挙げられます.これらの化合物は河川・海洋などの環境中に排出されると,そこに生息する微生物によってノニルフェノール(NP),オクチルフェノール(OP)のようなアルキルフェノール(AP)およびアルキルフェノールモノ-トリエトキシレートのような短鎖の代謝物に変化する(代謝毒性化)ことが分かってきました.これらの化合物はエストロゲン受容体と相互作用して天然ホルモンと同じような作用を示し,内分泌かく乱を引き起こすことが明らかになっています.このような作用を示す化合物は外因性内分泌かく乱化学物質(環境ホルモン)と呼ばれ,生物への世代を超えた悪影響が懸念されています.そこで,本研究室では環境中でのAPEOnとその分解物の動態を解明するために,アルキル鎖の炭素数が8のOPEOn (Triton X-100)を分解する細菌Pseudomonas putida S5株を単離し,その分解メカニズムを分子生物学の手法(遺伝子配列の解析や遺伝子破壊)と機器分析(MALDI-TOF MS)により明らかにしてきました.また,このAPEOnを分解する能力は,1種類ではなく様々な細菌に存在することが鍵酵素の遺伝子配列を用いた分子生態解析から明らかにすることができました.現在は,その解析から明らかとなったOPEOn分解に関わる鍵酵素タンパク質の精製およびOPEOn分解時の細胞内代謝経路の全体像をプロテオーム解析により明らかにしようと研究を行っています.
ヒト乳がん細胞のレポータージーンアッセイによる内分泌かく乱化学物質の探索
1960年代以降、世界各地で野生動物の生殖異常が報告されてきました.この現象は,人類が環境中に放出し続けてきた化合物に野生動物が暴露することにより内分泌系がかく乱されていることが原因ではないかと危惧されるようになりました.アメリカのシーア・コルボーンらによる「Our Stolen Future」が1996年に刊行され,野生生物の化学物質による深刻な影響が取り上げられるだけでなく,ヒトに対しても同様な影響を与える可能性が示唆されてきました.環境庁(現 環境省)は,1998年にこれらの化合物を「外因性内分泌かく乱化学物質」と称し,優先して毒性を評価する化合物のリスト(SPEED98)を作成しました.また,現在ではこれら外因性内分泌かく乱物質の多くが,核内受容体スーパーファミリーに属するエストロゲン受容体及びアンドロゲン受容体のアゴニストまたはアンタゴニストとして作用することにより,暴露した動物の内分泌系をかく乱することが解ってきました.またこれらの化合物の中には,エストロゲン(女性ホルモン)作用のみならずアンドロゲン(男性ホルモン)アンタゴニストとして作用する化合物が存在することも解ってきました.外因性内分泌かく乱物質には,その化合物自身が直接受容体と相互作用することで遺伝子発現調節機構をかく乱するものと,化合物がホルモンの生合成や代謝分解を阻害することにより間接的に遺伝子発現機構をかく乱するものがあることが解っています.しかし,遺伝子発現機構をかく乱するプロセスは複雑であり,未解明な部分が未だに多く残っています.本研究室では,ヒト乳ガン細胞MDA-MB-453 kb2株を用いたアンドロゲンおよびグルココルチコイド作用をかく乱する化学物質の新規スクリーニング法の確立を目的としています.この細胞系は,アンドロゲン受容体(AR)およびグルココルチコイド受容体(GR)を内在し,両受容体に応答するルシフェラーゼ遺伝子が組み込まれているため,現在までに多数の化学物質をレポータージーンアッセイによりスクリーニングすることができました.(図).しかし,本細胞を用いたスクリーニング法には,問題点も存在しそれらを解決するための新たな評価方法を考案する研究を行っています.