科学者になるためには,自然を恋人にしなければならない.
自然はやはりその恋人にのみ真心を打ち明けるものである.
-----寺田寅彦

 植物は自ら移動できないために,その生活の場は固定され,常に周囲の環境変化にさらされています.一日を通してみても,日中と夜間では気温はかなり異なり,雨や曇りの日では受光量は減少します.さらに季節を通してみてみるとその環境は大きく変化し,地球規模では一層複雑になります.
 しかし,植物はありとあらゆる場で生育しているといっても過言ではないでしょう.水生植物もあれば,きわめて水が少ない砂漠に自生する植物もあります.植物は多種多様に存在し,それぞれ周辺の環境に巧みに適応し生育しています.
 本研究室では,このような植物の優れた環境適応能力を生理・生化学的に明らかにしていくことを目的とし,主として以下の研究項目に取組んでいます.


(1) CAM植物における光合成炭素代謝酵素の細胞内局在に関する研究
 CAM (カム) は,Crassulacean Acid Metabolism の略称であり,Crassulaceae(ベンケイソウ科)等の多肉植物が持つ有機酸代謝を意味しています.そしてCAMは,C3,C4と並ぶ光合成炭素代謝機構のひとつとして知られています.CAMを営む植物(CAM植物)は,ベンケイソウ科以外にもパイナップルやサボテンなど乾燥地や熱帯に分布するものが多く,乾燥環境に高度に適応した植物です (図1).一般の緑色植物とは異なり,夜間に気孔を開きCO2 をリンゴ酸として蓄積し,高温乾燥した日中には気孔を閉じて,蓄積されたリンゴ酸を脱炭酸しC3回路による炭酸還元を行います.すなわち,CO2固定と炭素還元を昼夜の間で時間的に分割することにより葉内水分の余分な蒸散を防ぎ,乾燥耐性を獲得しています.

図1. いろいろなCAM植物.
A, Kalanchoe pinnata (セイロンベンケイソウ); B, Kalanchoe blossfeldiana (ベニベンケイソウ);
C, Ananas comosus (パイナップル); D, Opuntia bergeriana (ウチワサボテン);
E, Zygocactus truncates (シャコバサボテン).       

 CAM型光合成において重要な役割を果たす3つの酵素,ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ (PEPC),リブロース1,5-ニリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ (Rubisco),およびピルビン酸正リン酸ジキナーゼ (PPDK) の光合成細胞における局在性について金コロイド免疫電顕法により検討しました.Rubisco,PEPCは,調査した全てのCAM植物で,葉緑体と細胞質に各々局在していることがわかりました1).一方,PPDKについては種により局在パターンに著しい変異が見出されました.5科13属22種のCAM植物に関する調査の結果,CAM植物におけるPPDKの局在パターンは,葉緑体のみに局在するもの (Chlt type),細胞質のみに局在するもの (Cyt type),並びに細胞質と葉緑体の両方に分布するもの (Cyt-Chlt type) という3つの型に分けられました2) (図2).興味深いことに調査したサボテン科植物はすべてCyt typeでした.また,これらリンゴ酸酵素 (ME) 型CAM植物はいずれもPPDK酵素の活性をもち,特にCyt typeでPPDK酵素の活性が認められたことから,細胞質型PPDKは実際に酵素としての機能的な役割をもっていることが示唆されました3).調査したME型CAM植物について脱炭酸酵素の活性を測定した結果,PPDKの細胞内局在パターンの違いとNADP-MEおよびNAD-MEの活性の高低の間には相関があることが示されました.すなわち,葉緑体に多量にPPDKを蓄積する種はNADP-ME活性がNAD-ME活性に比べ高く,一方細胞質に多量にPPDKを蓄積している種では反対の傾向が見出されました2)
 
以上の結果をもとに,3つの異なったPPDKの細胞内局在パターンを示すME型CAM植物において,リンゴ酸の脱炭酸から糖新生に至る過程の中で,どのような炭素代謝経路が働いているのかを推察でき (図3),CAMは従来考えられていた以上に多様であることが示唆されました.

図2. 免疫電子顕微鏡法によるPPDKタンパク質の局在化2)
黒い粒子 (→) が金コロイド粒子で標識されたタンパク質を示している.それら黒い粒子が,左写真では葉緑体に,中央写真では葉緑体と細胞質の両方に,右写真では細胞質に蓄積していることに注目してください.
図3. PPDKの局在型の違いから仮定したCAM植物の炭酸代謝経路

1) Kondo A, Nose A, Ueno O. Leaf inner structure and immunogold localization of some key enzymes involved in carbon metabolism in CAM plants. Journal of Experimental Botany 49:1953-1961 (1998).
2) Kondo A, Nose A, Yuasa H, Ueno O. Species variation in the intracellular localization of pyruvate,Pi dikinase in leaves of crassulacean acid metabolism plants: an immunogold electron microscope study Planta 210:611-621 (2000).
3) Kondo A, Nose A, Ueno O. Coordinated accumulation of the chloroplastic and cytosolic pyruvate,Pi dikinases with enhanced expression of CAM in Kalanchoe blossfeldiana. Physiologia Plantarum 111:116-122 (2001).


(2) 乾燥ストレスに対する多肉植物の形態適応機構
 葉緑体は光合成を営む中心の場であり,細胞内におけるその配置は光の入射方向や強度によって変化します.また,トウモロコシやサトウキビなどで知られるC4植物では,光合成を遂行するうえで,その細胞内における葉緑体の配置は重要な意味を持ちます.これまでの研究から,ベンケイソウ科のカランコエ属をはじめとする数種の多肉植物において,乾燥ストレスと光の複合的な要因によって葉肉細胞の葉緑体が集合する現象を見出しました4,5) (図4, 5).この現象は,一般的に知られている植物,イネ,トウモロコシ,エンドウ,ソバでは見出されず,CAMを遂行する多肉植物のみで見出されました.この場合,葉緑体の集合体は細胞内部に塊状体として形成されます.このような集合体の形成は,植物ホルモンの一つであるアブシジン酸(ABA)によっても誘導され,さらに集合体が形成されることで葉の光透過率が著しく上昇することが明らかになりました4)
 以上の結果から,多肉植物で見出された葉緑体の集合現象は,乾燥ストレス応答に密接に関連した形態反応であると示唆されました.

図4.多肉植物の葉組織の光学顕微鏡観察像4)
対象区 (A),乾燥ストレス区 (B, C).(A, B)はカランコエ,(C) はシャコバサボテンの葉組織.C, 葉緑体; CC, 葉緑体の集合体; E, 表皮細胞.Bar = 50 μm.
図5. 共焦点レーザー顕微鏡による葉緑体集合体の立体構造解析5)
赤色は葉緑体の自家蛍光像,緑色は核 (N) の蛍光染色像を示している.核を包み込むように葉緑体が集まっている.

4) Kondo A, Kaikawa J, Funaguma T, Ueno O. Clumping and dispersal of chloroplasts in succulent plants. Planta 219: 500-506 (2004).
5) Kondo A, Shibata K, Sakurai T, Tawata M, Funaguma T. Intracellular positioning of nucleus and mitochondria with clumping of chloroplasts in the succulent CAM plant Kalanchoe blossfeldiana: an investigation using fluorescence microscopy. Plant Morphology 18:69-73 (2006)


(3) サボテンの越冬性に関する研究
 サボテン Nopalea cochenillifera cv. Maya(食用オプンチア属,通称「春日井サボテン」)の越冬能力を明らかにするため,温度と抗酸化能が低温馴化に及ぼす影響について調査するとともに,低温下で光が良く当たった側の茎節組織の解剖学的解析を行いました6).その結果,約15℃,2週間の屋外環境下で低温馴化が可能であることが明らかとなり,そして,サボテンが屋外環境下にさらされる時期によって抗酸化能が回復し得る気温に達しているか否かが,サボテンの越冬性の獲得に影響していることが示唆されました.また,越冬したサボテンは,キューティクル (表皮外層) が最も薄くなっていたのですが,その表面を覆うクチクラワックスが,強い光のもとでの低温耐性の獲得に大きく寄与したことが明らかになりました.さらに,低温傷害を受けたサボテン (非越冬サボテン) の細胞では,大きな液胞に押し上げられるように丸く膨らんだ核が位置し,その核を取り囲むように葉緑体が集合する構造が見出されました (図6A).その一方,越冬サボテンでは,葉緑体は対照植物と同様に細胞側面に配列していましたが,ミトコンドリアやペルオキシソームを取り込むような葉緑体ストロマ (図6B, C) を持つポケット:葉緑体陥入構造が形成されていました (図6B).すなわち,このような細胞構造の変化は,低温ストレスの程度に依存しており,葉緑体の挙動や構造変化と環境ストレス応答を関連づける有効な手掛かりを示しました.上記 (2) の乾燥ストレス下における葉緑体の挙動も含め,環境ストレス下における各種オルガネラのネットワークを理解するうえで意義深いものと考えられます.

サボテンのユーコって何もの?
 また,茎節組織の微細構造を観察する中で,葉緑体や核とは異なる細胞小器官 (オルガネラ) のような物質が発見されました.そして本研究では,その物質を“unknown organelle-like structure” (UKO,ユーコ) と仮称しました6) (図6D).通常,光学顕微鏡レベルで観察されるオルガネラは葉緑体と核であり,これより小さいミトコンドリアやペルオキシソームなどを観察することは難しいことです.しかし,UKOは核に匹敵する存在感でした.透過型電子顕微鏡で観察すると,UKOと核のマトリクスは異なり,UKOのそれは繊維質のようでした.本研究では,UKOがどのような物質か明らかにはできておらず,今後その機能や生理学的意義を探究していきます.

図6. サボテンの葉肉細胞の透過型電子顕微鏡画像6)
非越冬の植物体の葉肉細胞では,丸く膨潤した核を取り囲む葉緑体の集合体が観察された (A).越冬できた植物体の葉肉細胞では,ミトコンドリアを取り囲む葉緑体のストロマ (B赤矢頭) や,ミトコンドリアを触手するように伸長した葉緑体のストロマ (C青矢頭) が観察された.UKOは処理区に関係なく観察された (D).UKOは核に匹敵する大きさである.C, 葉緑体; CW, 細胞壁; mt, ミトコンドリア;N,核;S, デンプン粒.

6) Kondo A, Ito M, Takeda Y, Kurahashi Y, Toh S, Funaguma T. Morphological and antioxidant responses of Nopalea cochenillifera cv. Maya (edible Opuntia sp. “Kasugai Saboten”) to chilling acclimatization. Journal of Plant Research 136: 211-225 (2023).


(4) 多肉植物の耐塩性に関する研究
 マツバギク (図7) は,350 mM NaCl(約2%)溶液を2週間施しても,葉の膨圧の損失や変化が起こることなく生育することができます7).そして同時に,夜間におけるリンゴ酸濃度上昇や,PEPC,NAD-MEなどのCAM型光合成に関わる酵素の活性が増加することから,マツバギクはCAMを遂行することで耐塩性能を獲得していることが示唆されました7)

 また,東日本大震災後から1年6ヵ月経過した被災地において,花を咲かせたマツバギクを偶然にも発見しました(図7D).この地区は農地を含む低地で,河川や海岸の堤防の損傷や瓦礫による水路閉塞によって広範囲にわたり海水の浸水状態が長く続いた場所でした.マツバギクは,このような塩害地でさえも実際に生存していることから,本植物には優れた耐塩性機構が備わっていることが予想されました.

 これまで,マツバギクの耐塩性調査において,その植物が600 mM NaCl溶液を含む土壌栽培でも生育することを明らかにしています8).しかし,そのような高塩濃度処理下で,植物がどの程度NaClを集積するのかは明らかではありませんでした.そこでさらに,高塩濃度土壌におけるマツバギクのNaCl集積能について検討した結果,マツバギクは,日本における除塩目標値を上回る高塩濃度土壌においても生育できることが明らかになりました9).NaClの処理濃度に伴って,地上部に蓄積されるNa+量は著しく上昇しました.地上部のNa+量およびCl-量は地下部のそれと比べて,それぞれおよそ2倍および10倍上回っていました.さらに,地上部の含水率は,100 mM区から400 mM区において,対照区と同等に維持されることが明らかとなりました.地上部では,生体内の水分量を維持することで,塩の悪影響を回避していることが推察されました.マツバギクでは,400 mM区で6週間育成させると,地上部乾物中のNa+およびCl-量はそれぞれ45 mg g-1DW,163 mg g-1DWに達しました.さらに600 mM区では,それぞれ102 mg g-1DW,135 mg g-1DW に達しました.このようなマツバギクの優れたNaCl集積能は,塩害土壌におけるファイトレメディエーション技術として一定の効果を上げることが期待されます.

図7. 野外で生育しているマツバギクの様子9)
名古屋市の沿道 (A) や公園 (B) に植栽されたマツバギク,本実験に用いたマツバギクの花 (C),東日本大震災の被災地 (宮城県名取市閖上排水機場付近) で花を咲かせるマツバギク (D).

7) Kondo A, Murakami HY, Funaguma T. Induction of CAM by salt stress in the common purple ice plant, Lampranthus spectabilis. Journal of Research Institute of Meijo University 9:11-17 (2010)
8) 光田竜昇,船隈透,近藤歩.マツバギクの耐塩性に関する研究.名城大学総合研究所紀要(研究報告)18:63-67 (2013)
9) 近藤歩,伊藤彰規,船隈透.高塩濃度土壌におけるマツバギクのNaCl集積能.日本土壌肥料学雑誌 90:138-146 (2019)

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